こんにちはのり(@noriyusaku1128)です。
今回は高校生になって顕著になりつつある息子の親離れお話しをようと思います。
息子ももう自分の未来の人生に対する責任を自分で持つ年齢になってきたのだと思います。
高校生になった、長男
このブログでもご報告した通り、我が家の長男は第一志望の公立高校に合格し、この春から通うエリアも、クラスメートも全て違う、全く新しい環境での高校生活をスタートさせました。
クラスでは学級委員になり、希望した軽音部は入部希望者多数のため入部できなかったのですが、生物部に入部してのんびりではあるものの部活動はしています。
また年度の前半には体育祭、合唱祭、文化祭などのイベントが集中していて、クラスで集まって一つの事をやり遂げ、終わったあとにはしゃぶしゃぶ店や焼き肉店打ち上げもあり、高校生活をまあまあ楽しめている感じです。
部活へもクラスのイベントも、どっぷり入り浸らなくても適度な距離感で参加ができる校風なので、自分のペースを大事にしている息子にとっては、そうした「学校の活動にハマるもハマらないも、個人次第。個人の判断に任せる」といった環境は合っているのでしょう。
学業面では高校受験でバリバリ勉強をしていた昨年に比べたらスピードダウン。
中学時代の成績優秀者が集まる進学校なので、今のところ目立った成績ではないのですが、それでも3年後に向けて学習塾での学習は継続しています。塾側からも促されて1年生ながらも夏の大学オープンキャンパスへ参加、志望大学のことを知り、そこに通うことのイメージを膨らましています。
中学時代から習っているゲーム作成プログラミング、ギターのオンラインレッスンは継続。特にプログラミングはこれまで隔週だったレッスンを進捗スピードを上げるため毎週に変更しました。秋にプログラミングレッスン会社が主催する作品発表会で自分の作品を発表する予定です。
それに加えてパソコンで音楽を制作するDTM(Desk Top Music)のレッスンも彼の希望ではじめました。
志望通り軽音部に入っていたら難しかったでしょうが、活動がゆるやかな生物部への入部でできた余裕時間でスタートさせました。
これだけ列挙していて思うのですが、今の首都圏の高校一年生、非常に忙しいですね。
40年前に私が経験した田舎の高校生に比べたら予定の入り方が全然違います。
ちなみに私は吹奏楽部の活動の傍ら、図書館で本を読み、様々なタイプの文章をたくさん書きまくっていた記憶があります。
アドバイスをしたくなる、親
こうやって見てみると十分充実しているように見える息子の高校生活ですが、先にも述べた通り自分のペースを大切にしている息子なので、傍目から見るとやや不完全燃焼に見える時もあります。
これまで人生経験を経てきた親としては「もっとこうすればいいのに」という思いです。
先に軽音部に入れなかった時は「じゃあ、軽音部は入れなかった者同士で同好会作れば?」「もっと活動頻度の多い部活と兼部しなよ」ということをしつこく言ってしまいます。
この夏学校で文化祭の準備が始まった際も「早く行ってクラスのみんなと準備して絆を深めればいいじゃない。」と何度も言ってしまいました。
私としては新しい環境に馴染んでほしいし、仲間も作ってほしい、学校生活を200%楽しんでほしい、という思いが先走ってしまい、つい口うるさくなってしまいがちです。
そんなことを言うと息子は不機嫌になってしまい、鈍感な親である私は「まさか学校生活が楽しくないのか…」などと心配してしまうのですが、なんてことありません。息子が不機嫌なのは自分をペースを乱そうとする親の口うるささに対してなんですね。
実際活動頻度が低くても今度の文化祭で生物部での発表もあるようですし、文化祭の準備も彼なりに他にやるべきこととのバランスの中で行っていて、全く行かないわけではありません。
彼としては自分できちんと考えているペースや手順を親にかき乱されたくないのでしょう。
日常では中学生時代はまだあった親子の会話ですが、親の問いかけに対し「ああ」「まあまあ」くらいの受け答えが多くなり、言葉のキャッチボールが少なってきました。
2者面談で担任の先生から言われた言葉
そんな折、息子の担任の先生が希望者の親と2者面談を行うということで学校を訪問しました。
息子はクラスで馴染めているのか、私が息子への不安を話すと担任の先生から
「息子さんは非常に落ち着いています。若さゆえに暴走するクラスメートもいる中、ホームルームでも議論の軌道修正をしたり、担任として頼もしい存在です。心配することないのでお父様もご家庭でおおらかに見守ってあげてください。」
という言葉をいただき、私の中の心配な気持ちは一気にクールダウンしました。
思えば3年前の3月までは息子は小学生だったわけで、その頃の親子関係のイメージがまだ尾を引いていたのだと思います。
3年間と言う時間の親子での流れ方の違い。
大人の時間の3年間はたいした環境心境の変化もなく、私自身も特段なにかが変わった感覚を持たないのですが、10代にとっては時の流れ方がまったく違います。
この3年間の間に将来の自分の行くべき道を見据えて懸命に勉強をし、そこへ行く権利を勝ち取った息子です。もちろん高校入学がゴールではなく、その先には大学進学、就職が待っています。それらを自分事としてより真剣に考えているのは息子のほうのはず。
3年前の息子とは考え方もガラリと成長し、大人になってきました
それとともに小学生の頃のように、親に頼ること、質問をしてくることはめっきり減っています。むしろ意図的につっかかってくることさえあります。
親子とは言え、価値観も感じ方もまったく違う別人です。
彼自身が大事にしているものがあるでしょうし、自分がやることの判断に、別の価値観を持つ親からとやかく言われたくないのだろうと想像します。
親としてはこれまで自分たちが子どもの未来に責任を持たないと、と意識して子育てをしてきたのですが、18歳成人の目安まで息子はあと2年です。これからの学校での振る舞いや友人との付き合い方、学業についても、よほど度外れたものでない限り彼自身の選択を尊重するべきなのでしょう。
思えば私自身がそうでした。
高校生の時に九州から親元離れて東京の大学へ進学して就職すると決めてましたし、親もそれを許容してくれて、内心複雑であったのでしょうが、表面上は快く送り出してくれました。
その後37年間 私は首都圏の会社で就職し、家庭を持ち、生活の基盤はすっかり首都圏になってしまっています。
息子ももう自分の未来の人生に対する責任を自分で持つ年齢になってきたのだと思います。
自分で選択の結果、成功も失敗もし、その経験を活かして次へ進むのが本人の成長です。
私の親にできたことが、私にできないはずはありません。
言いたいことはなるだけグッと我慢して、たまに「こんな考え方もできるかも」と示唆する程度で、彼が自身の人生の選択をしていくのを見守っていこうと思います。
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