こんにちはのり(@noriyusaku1128)です。
先日中学3年の息子が第1志望の公立高校への進学が決まり、息子の高校受験が完了したのでそのことについて話しをしていこうと思います。
16年前のあの日、私が運用をはじめなければ息子が希望する学校へ進めさせる機会を与えられなかった可能性が高かったと思います。そういう意味でもまさに「家族を守るお金」です。
なお記事中息子が通っている塾名、学校名は出さないことをご承知ください。
第1志望校を決めたのは中学2年の夏
親にも本人にも意思がなかったため子どもたちの中学受験は行わなかったのり家。
よく首都圏の家庭では中学受験は普通と思われがちですが、都内のご家庭はいざ知らず、河を越えた隣接県では周囲もそこまで中受という雰囲気はなく、私の子どもの頃のように中学までは公立進学が大体の流れです。
なので今回の息子の高校受験がのり家が経験するはじめての受験でした。
のり家では毎年子どもたちに将来自分がなりたい姿、生き方について子どもたち自身に記載をさせています。(「ライフプランを作ろう!」について 5年目(息子中3 娘中2)」
自分の将来の姿を思い描かせることによって、ではその姿を実現するためには今何をやるべきかを本人の自覚させるためです。
それによると息子がなりたいものはここ数年ぶれることなく「ゲームクリエイター(プログラマー)」になる。そのために大学の情報工学科へ進学する。というものです。

ここの高校の部で「県内TOP校」と記載されているのが今回彼の志望校で、県内でも指折りの難関進学校と言われている学校。生半可な学力では太刀打ちできるようなところではありません。
もともと中学入学後最初の定期テストで20位だった息子。
小学校の頃から続けていた通信教育の進学コースを選択したのですが、なかなか成果が上がらず、中学1年生の3学期には30位まで順位を落としてしまいます。
そこで息子の学力を伸ばそうと、中学2年の頭に通信教育からリアル授業の学習塾に入塾。
こちらは息子の性に合ったのか中2の1学期の定期テストで、すぐに順位を上げて成果を感じることができました。
(余談ですが娘は同じ塾でも合わずに現在公文式で継続学習できています。子どもの性格によって環境は変えたほうがいいと考えています。)
そうして勉強に対する自信がついてきた中学2年の夏。県内高校がブースを出展する高校進学フェアに参加したときに出会ったのがその進学校でした。
公立進学校である割には自主自律を旨とし、校則はなく、生徒会主導で校内イベントが開催されていく校風が気に入ったようで、その日を境に明確にその学校への入学を目標とする意思を固めたのです。
ただその段階では息子にはまだその学校に行けるだけの学力はありませんでした。
頑張った中学3年の秋、そして暗転
中学校も3年に入ると家庭も塾も学校も受験モードになっていきます。
その段階での模試の結果はD~C判定。まだまだ努力が必要でした。
一学期のうちに修学旅行、体育祭(息子は応援団に入りました。それも高校に提出する調査書に記載されます)とイベントが続き、夏の中学の総体が終わると部活を引退し完全に受験生です。
受験予定の公立、私立高校の説明会に参加し、文化祭にも行って学校の方針や雰囲気をつかみとっていきます。
塾では夏期講習、秋の受験対策、冬期講習と勉強漬けの日々を送り、月に数回の模試で学力の進捗を測ります。
本人も3年の1学期と比べて勉強に取り組む姿勢が真剣なものになっていき、この間彼の生涯で最も集中し勉強をした時間になったと思います。
その甲斐があってか模試の回を追うごとに偏差値が向上していき、2025年12月には志望校に対して合格率80%A判定を取るところまでいきました。
この頃には学校の定期テストの順位も学年ひと桁の常連になっています。
塾長さんからは「暮れの段階で学力が及ばない場合は志望校の変更をお勧めします」と言われていたのですが、志望校変更を勧められるなく予定通り行くことになりました。
12月の2回の模試はどちらもA判定。
1月には前哨戦となる私立受験があります。
私立合格で心の安心を勝ち取り、残りの時間でさらに学力を積み上げて合格確度を0.1%でも積み上げていくだけでした。
この時までは。
年を明けて1月。
最初の模試でD判定(合格率20%未満)
私立高校は不合格という結果でした。
彼自身が選んだ選択
今回の受験に臨み次のプランを立てていました。
第1志望:公立進学校
第2志望:私立進学校
第3志望:私立すべりどめ
第3志望校は推薦併願校で、学校が提出する調査書の内申点が基準に達していれば、入学試験を受ければほぼ合格できるのですが、第1志望が不合格だった場合の保険だった第2志望私立高校が不合格だったのです。
最近の合格発表はネットで見ることができますが、一緒に画面を見ていた息子は「まじかぁ!」と落胆の声を上げました。
その直前の模試の結果もまさかのD判定。
ただ危険な兆候はありました。
私立入試は全問マークシート方式なのですが、「わからないところは3か所空欄にした」とか「それでも合格点は他で稼げているから平気っしょ」などと受験を舐めている発言が出ていたのです。第1志望校A判定が出て油断、慢心が出てきているように感じられました。
その後も1月から2月にかけて行われた模試で彼の志望校判定は乱高下しました。
私立高校の結果が出たあとはA判定(80%)→S判定(90%)→B判定(60%)→C判定(40%)です。
AがBになったくらいならわかるのですがCやDが入ってくると志望校を変えなくていいのか不安になります。ただ一方A判定、S判定が取れているのも事実。塾の先生とも話をして第1志望を狙えるだけの学力はついている、メンタルの問題なので本番で本人が十分に実力を発揮できる状況を整えてあげようという方向性になりました。
公立高校は出願後も1回だけ志望校を変更することができます。
その期限の日に息子の意思を確認しました。
・志望校を変更したほうが公立へ行く確度は高くなる。
・第1志望校のままで万一不合格だった場合不本意な学校に行くことになるがその覚悟はできているか?
以上の問いに対し彼が出した答えは「ダメだった場合の覚悟はできている。その上で第1志望校は変えずに行きたい。」というものでした。
本人の選択であればそれ以上言うことはありません。
第1志望は変えずに行くことになりました。
公立高校受験、そして合格
公立高校受験当日の朝 私は次の言葉を息子にかけました。
・これだけA判定、S判定が取れている。君には合格するだけの学力がついている。
・ただいい判定が出た直後、君は油断をして点数を落とす。
・これだけは覚えていて欲しい。君だけではなく「人は間違える」「人はパニックになる」
だから問題を一通り解き終えたら必ず見直しをしてほしい。
パニクって問題の意味がわからなくなったら、その問題を後回しにし、解きやすい問題から先に解くことで心を落ち着かせてほしい。
・君が家族であることに変わりはない。どんな結果になろうと家族で君を応援していく。
・以上君に伝えたい言葉だ。
息子から帰ってきた言葉は「ありがとう。」
思春期を迎えて親にそっけない態度をとることが多くなった息子でしたが、この言葉は少しは伝わったのかもしれません。
受験から帰ってきた息子は「疲れた、眠い!」と早い時間で寝てしまいました。
態度に余裕あり「大丈夫合格してるから」と軽口をたたいていた私立の時と比べ、やり切った感が感じられましたし合否についても「五分五分かな」と慎重なものになっていて、今回は希望が持てるかな、と感じられる雰囲気になっていました。
迎えた合格発表日。
私も仕事を休み、自宅のパソコンで息子と一緒に合否を確認しました。
画面には
「令和8年度公立高等学校第1学年入学者選抜の結果、本校 全日制の課程 普通科の入学許可候補者に決定したので通知します。」
という文字。
息子は大きな声を上げて飛び跳ねながら狂喜乱舞。
私と抱き合ったのでした。
次の3年間のはじまり
「家族とお金」がテーマの本ブログですから、今回の第1志望校合格までにかかった学校外学習の費用をまとめてみます。
1年生:235千円(通信教育)
2年生:456千円(学習塾・夏期冬期講習、模試代込み)
3年生:562千円(学習塾・同上。特待生値引きで▲12万円)
3年間合計は1,253千円です。
決して安い金額ではありません。
いろいろ議論の的になる学習塾費用ですが、息子が希望する進路を叶えさせるためには必要な費用だったと思いますし、これは16年前に家族の将来のために私がインデックス投資で運用を開始し増やしてきたお金です。
16年前のあの日、私が運用をはじめなければ息子が希望する学校へ進めさせる機会を与えられなかった可能性が高かったと思いますし、家計に余裕がなければ私立には行かせられないですから、志望校判定が安定しなかった今回、彼の意に反して安全策を取り志望校変更をせざるを得なかっただろうと考えます。
スポーツ得意な娘と違い、これまで自身の力で結果をつかみ取る経験が少なかった息子。
今回難関校にチャレンジし努力が報われ結果を出したことは彼自身の大きな自信になるだろうと思います。
そういう意味でもまさに「家族を守るお金」なのです。
もちろん今回はゴールではありません。3年後の大学受験のはじまりです。
大学受験のために、親子とも情報を収集しアクションをしていかなければいけません。
3年後お金が足りずに息子の希望進路へ行けないことがないように、しっかり家計の資金管理をしていきたいと思います。
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