奥さんは他人であることについて

こんにちはのり(@noriyusaku1128)です。
先日記事にした「家庭を経営することについて」について関わる話をしようと思います。

共同経営者である奥さんへの接し方です。

なお夫婦双方の視点から見れば「配偶者」とするべきなのでしょうが、記事としては「男性である私」の視点になりますので「奥さん」と表現いたします。

また前提になる家庭環境については、私の家庭を例に出してお話させていただくことをご承知くださいませ。
では「奥さんは他人であることについて」お話しをさせていただきます。

家族の中の他人

家族について考えてみます。

私は両親の長男として生まれ、私のあとに弟妹が生まれ家族を形成していました。
親の家を出てからは縁あって奥さんと結婚し、子供たちが生まれ、子供たちが長ずれば孫に恵まれるかもしれません。

そんな血のつながりがある家族の中で一人だけ肉親ではない「他人」がいます。

そう、奥さんです。

そんなこと当たり前だ、という声も多いでしょうが「家族」であることと「肉親」であることをはき違えてはいけないと考えています。

「肉親」同士は甘えられる許容範囲が広いと感じています。

さすがに犯罪を犯すとなると話は別ですが、「他人同士」では失礼にあたること、暴言であったりだとか、思っていることをストレートに伝えるとか、一方的な「これやっといて」だとか、やってもらったのにお礼を言わないだとか、LINEに返信しないとか・・・
日常の中のささいな言動に多少の失礼があってもなんとなく許される。
「肉親」とはそういうものではないかと思うのです。

特に男性は母親には平気で「飯がまずい」とか「うるさいなぁ」とか「片づけといてよ」とか言えちゃった人が多いのではないでしょうか。
でも時間がたてばわだかまりなく話することができますよね。
「肉親」だからです。

しかし他人である奥さんは違います

家庭の外において、学校や会社においては「他人」には少なからず「気づかい」や「言葉づかい」を気をつけます。

何か伝えたいことがあったとしても、相手の自尊心を傷つけないよう注意を払いますし、仮に失礼があった場合でも、お詫びをしたりで全力でフォローに入ると思います。

肉親のような甘えが許されないですし、一度嫌われてしまうとそこからの関係修復には大変な労力が必要になるためです。

またやってもらったことに対するお礼もきちんとしますよね。
「他人」が自分のためにやってもらうということは、ありがたいことと意識しているからだと思います。

なら家族の中の「他人」である奥さんにも「肉親」ではなく「他人」として接するべきだと思うのです。

他人である奥さんには最大の感謝と気遣いを

奥さんは「自分と家族になってくれた他人」と考えます。

本質的に甘えが許される母親とは違う存在です。
そこにいてくれること。共に生きてくれること。一緒に子供を育ててくれること。

血がつながっている肉親ではないのに、ほかの「他人」がやってくれないことを奥さんはやってくれるのです。

ならばむしろ他のどの「他人」よりも敬意を払い、感謝の念をもって接するべきでしょう。

もっとも私がやっていることは特別なことをやっているわけではありません。
たくさん会話をし、奥さんの精神状態を測りながら、彼女が居心地のいい家庭になるようこころがけているだけです。

奥さんが育児につかれているなと思ったら、よく子供たちを連れて宿泊をし、奥さんが解放される日を作りましたし、

彼女が話たいことはきちんと最後まで聞いて共感、またはアドバイスしますし、

こちらに伝えたいことがある時も、今話ができる状態かを見極めて、タイミングをみはからって話をします。

また、夫婦は共同経営者とも定義していますので、家族経営についても彼女の意思を尊重しつつ、お互いの同意を得たうえで進めています。

そうした心がけのおかげといいますか、結婚して13年になりますが、現在我が家では、少なくとも夫婦の間ではわだかまりはなく、大きなケンカをすることなく、お互いを世界で一番大事な相手として生活ができています。

奥さんは他人です。
一緒に家庭を経営してくれる他人です。
一生一緒にいてくれるだろう他人です。
年齢的にもおそらく私の最後を看取ってくれるだろう他人です。

これからも最大の感謝と敬意を気遣いをもって、ともに家庭を経営していきたいと考えています。

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